メッセージ

青森の生活を楽しむ、15年越しのUターン

   

2018年7月19日:更新

移住者からのメッセージ

プロフィール

   

森 健(もり・たける)さん

1979年、青森市浪岡出身。2018年2月に、生まれ故郷に15年間考え続けていたUターンを果たす。現在は首都圏で勤務していた同じ業種であるIT企業「株式会社リンクステーション」に転職し、土日は家庭菜園を営む生活を楽しむ。




「いつか帰る」という思い

青森市浪岡の出身で、茨城県の大学卒業後は横浜市に本社を置くIT企業に在籍し、主に都内の取引先で常駐する日々でした。

「漠然といつかは帰るという思いはありました。でも、20代から横浜や東京で暮らし、楽しいことももちろん多かったんです。しかし30歳が近付いてきたころから、通勤で人と触れる、ご飯も水も青森の方が安くて美味しい、このままここに居るべきか?帰るべきか?という思いが強くなってきました。」  

そして帰省した10年ほど前。県内のハローワークを興味本位で訪れ、近郊のIT企業の求人を探してみたら結果はゼロ件。「青森でITで食べていくのは難しいんだな」。そんな経験を経て、いったんは青森への移住から遠ざかりました。


交流会でUターンに現実味

しかし3年ほど前、「親のことも心配になってきたし、Uターンするなら年齢的にもそろそろ...」と再び考え始めた森さんは、青森県のIT企業関係者が集う都内での交流会に参加。そこで青森県内で活動する同世代のIT技術者の活躍ぶりに刺激を受け、「いまなら青森に帰っても、自分の居場所があるんじゃないか」と、青森へのUターンに現実味を覚えます。

その後はたびたび首都圏で開催される青森県の移住イベントに参加。徐々に情報を集め、就職活動もしながら、2018年2月に実家のある青森市浪岡にUターンしました。その後、県のプロフェッショナル人財拠点の情報や転職サイトを通じて、現在のリンクステーションに入社。3年前に結婚した奥さんが横浜市にまだ居住していますが、同年8~9月ごろには青森市浪岡で同居を始める予定です。

現在は実家暮らしで、平日は会社で首都圏のシステム開発案件の仕様を詰める仕事を担っている森さん。「首都圏でも同じようなポジションの仕事をしてきたので、自分のスキルを活かせる仕事ができています。ネット会議等での打合せなので、仕事の仕方はほとんど変わっていません。通勤のストレスを考えると、本当にのびのびと暮らせていますよ」。

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夫婦で青森暮らしを満喫したい

余暇の過ごし方を聞くと、りんご農家である両親の手伝いの一環として家庭菜園を楽しんでいると言います。「私は野菜の中でもカブが大好物なんです。実家の畑で春からカブをつくり始めたのですが、思いのほか出来が良くて、首都圏の友人に振る舞ったら『青森の生活を楽しんでいるね』『田舎暮らししながら仕事をしたい人には理想の生活なんじゃないの』とうらやましがられました」と満面の笑みで語ってくれました。

「帰ってまず思ったのは、食べ物が本当においしいこと。ミズ(山菜)なんか首都圏じゃ食べられないし、最高じゃないですか。給料は幾分下がりましたが、物価は低いですし、今のところあまり生活水準に影響したとは思っていません。妻も家庭菜園を楽しみにしていますし、まずは夫婦で一緒に県内を巡って、青森暮らしを満喫したいですね」。

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