メッセージ

両親のUターンを機に移住を決意 建築の街で新たな挑戦

   

2019年1月30日:更新

移住者からのメッセージ

プロフィール

   

横濵久美子さん/1980年東京都出身。青森県出身の両親を持ち、幼い頃から青森とは深い関わりがあった。
        定年退職を機に両親がUターンし、その家を設計したことで改めて青森の生活に触れ、夫婦で移住を決意。
        十和田市で設計事務所を経営。



親の地元として見ていた青森

十和田現代美術館を手掛けた西沢立衛さん、十和田市教育プラザを安藤忠雄さん、市民交流プラザ「トワーレ」を隈研吾さんと、世界的に有名な建築家3名の建物が揃う十和田市。創造的な街並みと自然が近い場所にあり、移住先として選択する人が近年増えている街です。

十和田市内で設計事務所を経営する横濵久美子さん(38)もその魅力に惹かれた一人です。


東京生まれの横濵さんは、両親の故郷ということもあり、青森は馴染み深い場所でした。当時の青森のイメージは「田舎」。それはマイナスの印象ではなく子どもらしい素直な感情で、祭りの時期には母親の実家の弘前でねぷたに参加するなど、他にない経験ができる「楽しい場所」でした。


その後、小学校3年で北海道網走市に移り住み、高校まで網走で過ごします。大学で上京し、卒業後は都内の建築設計事務所へと就職。東京での暮らしの基盤ができていた横濵さんですが、青森へ気持ちが向いたきっかけは、両親のUターン話でした。


「定年退職を機に両親が地元へ戻ることになって、私が新居を設計したんです。そこが転機だったと思います」


両親が暮らす場所は、青森県の中でも雪が多い野辺地町だったため、冬の対策は必然となります。関東で手掛けた仕事とはまた勝手が違い、青森ならではの造りも必要でした。そこで、地元の設計事務所に相談をして寒冷地の設計を学びながら進めていきました。


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横濵さんが手掛けたご両親の家。周囲の風景に溶け込む、落ち着きのある佇まいだ



東京での仕事も並行して行い、竣工したのは2014年。
建物は平屋造りで、田舎の風景に馴染むようにゆったりと佇む家が完成しました。



青森にはチャンスがある

家造りを通して青森の生活を知った横濵さん。大人になって改めて身近に感じた両親の故郷は、幼い頃とはまた違った感覚でした。すると、相談に乗ってくれた青森の設計士から、こっちで仕事をしないかと提案されたのです。


「青森は若手の設計士不足だという話を聞き、自分たちにとってチャンスかもしれないと思いました」

その頃ちょうど同業者である渡部良平さんとの結婚が決まっており、これを機に青森で事務所を設立してはどうかと持ち掛けました。すると、良平さんは思った以上に乗り気で、そのチャレンジ精神に横濵さんが後押しされる形になったのです。


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初めは、両親が暮らす野辺地町や、都市部の青森市や八戸市、弘前市なども視野に入れていたのですが、建築に携わる二人の興味を引いたのが十和田市でした。


「有名な建築家が建てた公共施設がこれほど揃っている所も珍しいです。こういう場所なら、自分たちの仕事も受け入れてもらえるのかなと思ったんです」


少し行った場所には奥入瀬渓流などの美しい自然もあり、さらに両親の家も車で一時間ほどの距離。立地と仕事の両面を考え、十和田へ移住することを決めたのです。


また、同時期に妊娠が判明し、子育てに関した情報も集めたのですが、横濵さんにとって青森や八戸などは保育園などの情報量も多く、全体を把握するのが難しいと感じました。十和田は選択肢もありながら、全体を把握できる規模だったことが自分にとってちょうど良いと思ったそうです。


「妊娠が分かって子育てのことを考えた時、東京よりも田舎の方がいいのかなと思うようになりました。両親も近いですし、いいタイミングだったのかもしれません」




市も一緒になって取り組むコミュニティの場


2016年1月、大きなお腹を抱えながら十和田へと引っ越し「渡部環境設計事務所」を設立、同年の3月には長男を出産しました。東京出身の二人に知り合いなどは全くいなかったため、1年目は東京の仕事や青森へ誘ってくれた設計士の仕事を手伝っていました。初めて暮らす土地で、子育て、仕事、人との付き合い、すべてを一度にこなすことに。


「大丈夫かなという不安はありましたが、逆に出産のバタバタの流れで過ごしたのが良かったかもしれません。考える余裕もなかったので、気付いたら時間が経ってたって感じですね」と横濵さんは笑います。


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子育てで忙しい横濵さんに代わり、良平さんが積極的に地域との交流を深めていきました。青森での仕事はほぼ未経験なため、自分たちのことを知ってもらおうと考えたのです。


「色んな場所へ出向きました。まずは知ってもらわないと、仕事をいただくこともできませんから」と良平さん。


2年目になると、十和田市の移住者交流会にも呼ばれ、仲良くなった人たちと家族ぐるみでキャンプをするなど、友人も増えていきました。また、商店街にある「松本茶舗」で月1回、誰でも1品持ち寄れば参加できる喋り場が開催され始め、良平さんはよく顔を出しています。「写真家と知り合ったり、移住の先輩からつながった仕事もあります。市の方が一生懸命なのもあるし、十和田は外から来た人でも地域の輪に入りやすい気がします」


知り合いが増えることで、仕事も徐々に舞い込むようになりました。

十和田で最初に手掛けたのが、商店街の空き店舗を改装した「14−54」というコミュニティスペースです。


アメリカ出身のアレックスさんとマイケルさんから、誰でも利用できる交流スペースをつくりたいと、横濵さん夫婦に設計の依頼があったのです。十和田の商店街は店舗を奥へと広げた奥行ある建物が多く、その特性を活かしてワンルームにすることを提案しました。使い方に制限がないため、使う人が自由につくり上げることができるスペースです。


「ガラス張りにすることで中も見えるし、誰でも気軽に覗きに来れる。その気軽さが人を呼び、利用を希望する人が様々な活用方法を提案しあえる自由な場所になりました。アレックスさん達は本当にこの場所の使い方が上手い。結局使う人が上手くないと、建物だけあっても意味がないんです。そういう、色んなことを創造できる場所づくりっていうことを心がけて設計しています」。

今ではフロアの一角にカフェがオープンし、美術館の蔵書が閲覧できる「街中ライブラリー」も併設されました。人が集まることで色んなものへと変化する空間が誕生したのです。



田舎ならではの人付き合いが子どもにも、親にもいい影響を

移住生活3年目となった今、横濵さん夫婦が手掛けているのは、新築物件の建築です。2019年春に竣工予定の2住戸の賃貸物件で、外から見ると角度によって屋根の形も変わるなど、面白い物件になりそうです。


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こうした仕事の依頼が入るようになったのも、積極的に交流を深めた結果です。現在住んでいるアパートの大家さんも、山菜や野菜をくれたり、長男の面倒を見てくれるなど、家族のように親しくしてくれます。


「受け入れてくれる人が多いのは本当にありがたいです。これが東京だったら、ここまで付き合う人はいなかったかもしれません。ただ、冬の運転は関東と大違いなので、そこだけは苦手ですね」と二人は笑います。



14−54などのコミュニティスペースができたことにより、特に連絡先を交換しなくても、そこが自然と集まる場所になり、行けば誰かしらに会える。人付き合いが苦手でも、無理することなく、自分のライフスタイルにあった過ごし方をできる。こういうところが、十和田の魅力だといいます。


「人が自然と集まる場所があるので、移住者の人にも溶け込みやすいと思います。家族ぐるみで付き合いができれば、子どもも喜ぶし、親が楽しんでいる姿を見せるのも大事だと思うので」。都会で育ったからこそ田舎の良さを色んな目線で見ることができ、仕事にも活かしている横濵さん夫婦。十和田らしいものを創造し、地域にある良さを伝えています。




【イベント情報】

十和田市に孫ターン移住し、家族とともに人が集まる街の仕掛けをつくる横濵さんのお話を聞いてみよう!
横濵さんが手掛ける建築の魅力だけでなく、青森で実現できる様々な働き方について考えるイベントを下記のとおり開催します!
新たな挑戦を実現する青森暮らし、この機会に一緒に考えてみませんか!?


★☆青森暮らし"まるごと"セミナー&相談会☆★
平成31年2月16日(土)13:30~16:40
移住・交流情報ガーデン(東京都中央区京橋1-1-6 越前屋ビル1階)
詳細はこちら! http://www.aomori-life.jp/event/ijyuevent/detail.php?id=959

事前申し込みはこちらからどうぞ → 申込フォーム



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