後藤 欣司(ごとう きんじ)さん/1987年生まれ。南部町出身。順天堂大学スポーツ科学健康科学部にて小学校・中学校教諭一種免許(保健体育)取得。卒業後は警視庁に入庁し幼少時から続けてきた剣道に打ち込む。2012年、南部町にUターン。2014~18年『名久井岳トレイルフェスティバル』を主催。2018年、実家の家業である後藤新聞店を継ぐとともにモディ株式会社を設立。2021年より南部町と宮城県仙台市を行き来する生活を送る。 |
3代続く新聞販売店が母体。全国紙・地元紙の配達のほかウェブサイトや動画制作、マーケティング、イベント開催と、南部町剣吉地区にあるモディ株式会社の業務は多岐にわたります。
「漠然と『ホームページを作りたい』という案件はお受けしていません。人や企業の伝えたいことや目指す方向性を聞いてから、目的に合わせてソフト面、ハード面、イベントなど組み合わせて提案していきます」と話すのは、同社代表の後藤欣司さん。コロナ禍を機にライフスタイルが見直される今、南部町と仙台市の2拠点生活を実践する後藤さんにお話をうかがいました。
長男誕生を機に南部町×仙台の2拠点生活をスタート
南部町で生まれ育ち、大学進学を機に上京。そのまま就職し、20代半ばで帰郷したUターン組。そんな後藤さんが多拠点生活を始めたきっかけは、2020年に長男が誕生したことです。それまで南部町に住んでいた後藤さん夫婦でしたが、コロナ禍の中、妻の実家がある仙台での子育てを選択。仙台に部屋を借り、妻と長男が住み始めました。
一方、地元である南部町で起業していた後藤さんは悩みます。地域に根差した仕事を続けたい、でも家族との暮らしも大切にしたい。周囲に多拠点生活について相談すると、両親も社員も応援してくれました。
そこで、約1年をかけて新たな生活の準備を進めます。業務の流れを見直し、可能な限りオンライン化。ウェブ会議ツールや書類共有ソフトを活用し、試行錯誤しながら業務のフローを決めていきました。
「実はすでに社内に組織向けグループウェアを導入していたんですが、定着していなかった。『ツール導入で効率化を図ろう』なんて言っても人は動かないと学びました。『家族みんなが幸せに暮らせるように』と共通の目的を持ったから、高齢の両親も50代の従業員もツールを使いこなせるようになったんだと思います。今私がどこにいても仕事ができるのはみんなのおかげですね」
「世界の前に目の前の問題を解決してみせろよ」
後藤さんがUターンしたのは25歳の頃です。都内で公務員をしていましたが、途上国で子どもたちにスポーツを教える夢を抱き退職。南部町に戻ったのは、渡航準備を整えるまでの一時帰郷のつもりでした。
とはいえ人口約18,000人の町のこと、若者が戻ったと聞けば地域の各団体から声がかかります。誘われるまま消防団の宴会に参加したある晩、先輩団員に言われた言葉が後藤さんの胸に刺さりました。
「お前は海外に出て世界の問題を解決したいと言うけど、その前にこの町の問題を解決してみせろよ。目の前の人も助けられない奴に、世界の問題を解決なんてできるの?」と。
「悔しかったですね。そのとき初めて、地域で自分ができることを考えるようになりました」 小・中学校の保健体育の教員免許を持つ後藤さんは、依頼を受けてスポーツ少年団の指導者を務めるようになります。同少年団では、家庭の事情で部活動に参加できない子どもたちに放課後の居場所を提供するため活動していました。
「免許を取っても結局教師にはならなかった私ですが、子どもたちの笑顔を見たときに遠回りしたけど夢が叶ったと思いました。"目の前の人を笑顔にすること" こそが自分がやりたかったことかもしれないと」
トレイルランで町を盛り上げた、その先に
次に取り組んだのは、町の象徴である名久井岳を舞台にした『名久井岳トレイルフェスティバル』。
「南部町に人を呼ぼう!」と友人と二人、トレイルランニングイベントを立ち上げました。特産のフルーツ試食にDJブース、ドッグランなど工夫を凝らし、参加者は年々増加。5回目となる2018年には町内外から約2,000人が集まりましたが、後藤さんらはこれを最後の開催とします。
「確かに人は来た。でも大きくなりすぎて参加者の顔が見えなくなった。このままだと自分たちがやりたかった理想像とはかけ離れていくと思って」 友人とともに関係者に気持ちを伝え、開催終了に理解を得ました。
イベント成功と反省を経て、「一過性でなく持続可能な事業がしたい」と思い始めた後藤さん。足元を見れば、父が経営する新聞店の業績は右肩下がり。
「地域で果たせる役割がもうないなら、自分の代で終わらせていい」 幼い頃から剣道を教えてくれた父が弱音を吐くのを見て心が動きます。新聞販売店にできることは本当にもうないのか? 自らに問い、選んだ道は事業承継と同時に起業。「地域の課題に継続的に取り組み、365日地域を楽しむ道を探す」と決めて株式会社を興しました。
大好きな人・場所・もの...地元が増えるのが多拠点の魅力
起業時に掲げたモットーは"寄り添う" と 人づくり"。家族、社員、クライアント全てに寄り添いたいと始めた多拠点生活では、新たな発見がありました。
「24時間365日そばにいなくても、気持ちを伝えあえば寄り添える。ITはその強い味方です」
仙台で過ごす日は、妻が長男を保育園に送りながら出勤。後藤さんは家事をこなしながら見送り、近くに借りているコワーキングスペースへ向かいます。メールを返信しウェブ会議ツールで打ち合わせ。18~19時には帰って長男をお風呂に入れられます。何かと助けてくれる妻の両親、姉、従兄たちには感謝しています。
「1年住んで地理を覚え、友人、知人、取引先も増えた。今は仙台も地元と呼びたいですね。地元って一つじゃなくてもいいんだって気づきました」と後藤さん。人間関係が広がったことで仕事のチャンスも増加。多拠点生活に、コストや移動時間を差し引いても余りある魅力を感じています。
「もう1拠点欲しいぐらい。固定費が抑えられるところがいいですけど。リモートワークなどで収入が得られるのであれば、地域のための仕事を多拠点でこなすのはおすすめです」
コミュニケーションを大切に、どんどん巻き込まれろ!
南部町を離れる時間を持つことで、地域を俯瞰で見られるようにもなりました。後藤さんから見た、南部町の "もったいないところ" とは?
「農家、カフェ、観光とさまざまに活動する面白い人がいっぱい。フルーツ、自然、景観、魅力もいっぱい。だから、それらがもっと交じり合っちゃえばいいじゃん!って、半分外から見ていて思います。それぞれキャラが濃いからケンカしちゃうかもしれないけど(笑)。だから間をつなぐコーディネーターが必要なのかもしれないですね」
今後、移住を考えている人へのアドバイスは?
「私はUターンをした当初はすぐに南部町から出ていくつもりでしたし、何も決まっていなかったけど、『とにかくどんどん巻き込まれてやろう!』って思っていました。呼ばれたら一通り顔を出して、自分が役に立てそう、面白そうと思えば深く入っていくし、違うと思えば引く。そうするうちに、どっちに行くべきかなんとなく見えてきた気がします。地方は人間関係が面倒なイメージがあるかもしれませんが、挨拶と相手への敬意さえ忘れずに気持ちを伝えれば大丈夫」
長男の入学など、後藤さん自身、人生の節目がこれからも待ち受けていますが、暮らし方は必要に応じて家族で話し合い、決めていくつもり。移住も多拠点生活も、コミュニケーションを大切にしつつ時には思い切って飛び込むことが、後悔しない選択の秘訣かもしれません。
南部町では、テレワークをしやすい環境づくりによって定住促進を図るため、南部町内でテレワークを行う町外在住者やテレワークを機に南部町へ転入した方を対象に、南部町への往復移動に要した交通費の助成を行っております。