宮腰菜津子(みやこしなつこ)さん/ 1994年青森市生まれ・在住。「合同会社 てんとうむし」代表。高校卒業後、東京のファッション関係の専門学校に入学。インターンシップで舞台衣装に初めて携わる。その後、舞台衣装の製作会社でアルバイトとして働きながら、数々の舞台の衣装にふれ、修理や製作を手伝う。退職後、自身のブランドを立ち上げSNSに作品を投稿。広告会社の目に留まり、雑誌の広告に掲載(週刊女性、sweetなど)。海外でイベント企画を行う会社から声がかかり、フランスを代表するアートフェア 「Salon art shopping 2018 in carrousel du louvre」に出品。2019年、青森市にUターンし「合同会社 てんとうむし」を設立。「Japan expo 2019 in Paris」に出展。 |
江戸時代から女性の髪飾りなどに用いられてきた「つまみ細工」。正方形の布を折りつまんで組み合わせることで、立体的で華やかなアクセサリーに仕上がります。宮腰菜津子さんは、伝統工芸であるつまみ細工や、青森のこぎん刺し、ねぶたなどの技法をベースにしたアクセサリーやアート作品を手がけるデザイナー。東京で舞台衣装の製作に携わった後、青森市にUターンし、起業しました。古くから受け継がれてきた手仕事の美に宮腰さん流のエッセンスを加え、その魅力を国内外に発信しています。
青森には仕事がない? それなら、いっそ自分で仕事を作っちゃおう!
子どもの頃から手仕事が好きで、洋服や小物作りを楽しんでいたという宮腰さん。将来は、ものづくりに関わる仕事がしたいと思っていました。また、青森市のニコニコ通りなど、レトロな商店街の雰囲気が好きでよく出かけていたといいます。
「高校時代、青森駅前周辺がどんどん廃れていくのを見て、『これは、かなりやばいんじゃないか』と、危機感を抱くようになったんです。自分の大好きな青森が潰れてほしくない! 私にもきっとできることがあるはず!」。
そう思った宮腰さんは、高校卒業後の進路について親や学校の先生に相談しました。「『青森では、なかなか仕事はないから、外に出る人がいっぱいいるよ』と。『そうなんだ...。それなら、いっそ自分で仕事を作っちゃえばいいじゃん』って思ったんです(笑)」。
そのためには経験が必要だと考えた宮腰さんは、高校卒業後、東京のファッション関係の専門学校に入学しました。在学中は、シーズンごとに行われる校内ファッションショーで、自身のショーを企画するとともに、衣装や小道具製作の指揮にあたりました。インターンシップでは、舞台衣装を製作する会社で1ヶ月間、製作や修理などに携わり、卒業後、アルバイトで採用になりました。
宮腰さんがつまみ細工に出会ったのは、20歳の時。青森に帰省し、成人式用の振袖を選んでいた時でした。お店にディスプレイしていたつまみ細工の髪飾りを見て、心惹かれたと言います。そして、舞台衣装づくりで磨いた腕と、持ち前の好奇心がムクムク。
「せっかく自分で作れる技術があるのに、わざわざ既製品を買うのはしゃくだなあと(笑)。そこで、本屋さんに直行。その時買った本を参考に、自分でデザインしたオリジナルの髪飾りを作ったんです。それを付けて成人式に出たら、みんなにものすごく褒められて。それがきっかけで、つまみ細工のアクセサリーを作り始めました」。
宮腰さんは、会社を退職し、自分のブランドを立ち上げてアクセサリーのネット販売を始めます。雑誌に広告を掲載したり、SNSで発信するうち、海外でイベント企画を行う会社から声がかかり、フランスを代表するアートフェア 「Salon art shopping 2018 in carrousel du louvre」に作品を出品しました。

青森市などが行う創業・起業支援を知り、その日にUターンを決意
東京での暮らしも6年目を迎えた年のこと。宮腰さんのなかでは、「そろそろ青森に帰ろうかな」という気持ちが強くなっていました。
「もともとUターン前提だったし、これ以上東京にいても自分のキャパの中で得られるものはたぶんここまでだなと。それと、東京の人の多さ、特に満員電車にうんざり疲れていたのもあります」。
お正月に帰省した際に、宮腰さんは、青森市や青森商工会議所などが起業・創業支援を行っていることを知ります。 「へー、そういうのがあるんだと。知人が、『インキュベーション・マネジャー(IM)を紹介しますよ』と言ってくれたので、ちょっと相談してみようかなと思ったんです」。
創業・起業に関心があり、具体的に検討している人であっても、何から始めればいいのかわからない...と、戸惑うことも少なくありません。青森県内には、県や市などが設置している創業支援施設が複数あり、誰でも気軽に相談することができます。インキュベーション・マネジャーなど専門家のアドバイスを受けながら、一つひとつ課題を解決して進んでいくことで、スムーズに創業・起業に向けた準備を進めることができます。
「正直言って、最初は半信半疑で会いに行ったんですよ(笑)。そうしたら、インキュベーション・マネジャーの方が親身になって話を聞いてくれて...。この人、もしかして信用してもいいかもしれないと(笑)。それで、『私、青森に帰ってきます!』と、その日に宣言して、1ヶ月後には青森に帰ってきました。私、やると決めたら結構早いんです」。
宮腰さんは、「東京でコンサルに高いお金を払って相談するのは不安ですが、地元の行政がアドバイスしてくれるので安心でした」と当時を振り返ります。
「私は会社員として働いた経験がないので、最初は領収書の書き方さえわからなくて。そんななか、創業計画書の作り方から始まり、銀行を紹介してくれたり、きめ細かく支援していただきました。担当者におんぶにだっこではなく、あくまでも自分でもしっかり勉強しながら、一人でできるようになるためのアドバイスをしてもらう感じです。こちらの質問に対するレスポンスも早く、手厚い支援に感謝しています」。
ローカルは逆に強み。パリで開催されたイベント「Japan expo 2019 in Paris」に出展
2019年、宮腰さんは青森市にUターンし、「合同会社 てんとうむし」を設立しました。同時に、これまでインターネットで作品を販売していた自身のブランド「てんとうむし」から自らの名前を冠した「NATSUKO MIYAKOSHI」を新たに立ち上げました。
つまみ細工は、古くから着物に合わせてお洒落を楽しむ事を主流に、舞妓さんの髪飾りや成人式・七五三の髪飾りなど、お祝い事や華やかなシーンを彩ってきました。しかし、宮腰さんは、和装だけではなく洋服やドレスに合うデザインを意識し、布の質感に合わせヴィンテージ風の貴金属やボタン、ビーズ、パールを合わせるなど新しいイメージを探求し表現しています。
そうした宮腰さんの作品は、カジュアルにデイリー使いも楽しめることから、お洒落な若い女性からも好評。A-FACTORYなどを会場に、不定期でワークショップを開催しています。
2019年7月には、フランス・パリで開催された、日本の伝統文化やサブカルチャーを紹介するイベント「Japan expo 2019 in Paris」に出展。「あおもり藍」で染めた布地などを使ったつまみ細工のアート作品は、海外でも好評でした。宮腰さんは現在、つまみ細工のアクセサリー以外にも、ねぶたやこぎん刺しの技法を使ったアート作品を手がけています。
「東京にいた頃は、青森の記憶や想像のなかからアイディアをひねり出していましたが、今は散歩の途中に目にした自然からヒントを得たり、アイディアのコンテンツがごく身近にあるのがいいですね」。
首都圏での生活を経験した宮腰さんは、「地方こそ、ビジネスチャンスがある」と語ります。その理由として、新ビジネスを始めようと思っても、首都圏は人口が多いだけにすでに誰かが始めていたり、競合する相手が多く埋もれてしまいがちなこと。
「片手で収まるようなところで勝負したほうが早いですよね。取り上げてもらいやすいし、見てもらいやすい。今はネットがあるので、住む場所はほとんど関係ありません。地方である程度有名になったら、ローカルのネーミングを背負って東京に出ていくこともできます。なので、ローカルであることは逆に強みなんです」。
アートやものづくりが盛んな青森県
Uターンしてから、青森のすばらしさをあらためて感じたという宮腰さん。なかでも、奥入瀬渓流や八甲田山、浅虫などの自然に癒されると言います。「青森ってアートやものづくりをしている作家さんが多く、屋内外で開かれるクラフトイベントもさかん。十和田市現代美術館も素晴らしいですね」。
その反面、青森は魅力的な素材は山ほどあるのに、見せ方やパッケージ力が弱く、もったいなさを感じることもあると言います。
「たとえば、学生のビジネスアイディアが実現しやすい環境を作るなど、若い人の企画や発想も採り入れながら青森をアピールしていくのもいいかもしれません。以前、パリのイベントに出展させていただいた時、海外のお客様のリアクションが予想以上に良くて、可能性を感じました。青森の自然や祭りをモチーフにした作品を国内外に発信することで、青森の素晴らしさをどんどん伝えていきたいと思っています」。
宮腰さんが主宰する「てんとうむし」のwebサイトはこちら
https://www.tentoumushi888.com/