移住者メッセージ

青森の農業は可能性だらけ! 八甲田山の南山麓で高原野菜づくり

   

2021年4月30日:更新

移住者メッセージ

プロフィール

   
山田広治(やまだこうじ)さん/ 1971年神奈川県生まれ。「有限会社サニタスガーデン」代表取締役。青山学院大学卒業後、農業大学校で学び、青年海外協力隊員としてアフリカのボツワナで農業指導にあたる。帰国後、群馬県にある農業生産法人「野菜くらぶ」の独立支援プログラム1期生として研修後、独立就農。2003年、黒石市に移住し、八甲田南山麓の沖揚平で高原野菜の栽培を行っている。また、最近では地域に受け継がれる「雪室じゃがいも」や、幻の豆もやしを地域の特産品にするべく奮闘中。
山田直子(やまだなおこ)さん/ 1980年埼玉県生まれ。大学のインターンシップで訪問した農場で広治さんと出会い、23歳の時に結婚。高校1年生、中学2年生、小学5年生の3人の男の子を育てながら、野菜作りを行っている。

八甲田山南山麓、標高750メートルに位置する黒石市沖揚平地区。山田広治さん・直子さん夫妻に案内されて訪ねた場所は見渡す限りの大パノラマで、青い空のもと、レタス畑が視界いっぱいに広がっています。
山田夫妻は、ここ沖揚平にある17ヘクタールの畑で、レタス、キャベツ、白菜、とうもろこし、じゃがいもなどを育てています。


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フィリピンで出会った、水牛を使った原始的な農業に魅入られて

 神奈川県出身の広治さんが農業に関心を持ったのは、国際政治を学んでいた大学時代。研修旅行でフィリピンを訪ねたことがきっかけです。
「僕は都会暮らしで、それまで農業とはまったく縁のない暮らしでした。でも、水牛を使って畑を耕すような原始的な農業にふれ、何とも言えない心地良さを感じたんです。その体験が原点となり、農業にのめり込んでいきました」。そう言って広治さんは、屈託のない笑顔で当時のことを語ります。
 大学卒業後は、茨城県にある農業大学校で農業の知識や技術を身につけ、27歳の時に青年海外協力隊員としてアフリカ南部に位置するボツワナに共和国に渡り、野菜栽培や販売の指導にあたりました。

「独立農業者支援プログラム」の第一期生となり独立就農。そして黒石市に移住  

 帰国後、広治さんは、新規就農者を対象とした農業生産法人の合同説明会のようなイベントで、群馬県にある株式会社野菜くらぶの社長と出会います。同社は、全国の農業生産法人や生産者と契約を結び、買い取った農作物を大手ハンバーガーチェーンやレストラン、生協など100社以上の企業に対し契約販売をしている会社です。 社長の思い描くビジョンに共感し、同社の「独立農業者支援プログラム」の第一期生となり、2001年に独立就農、「有限会社サニタスガーデン」を設立しました。

 その頃、関東では、夏場の台風や干ばつによって、レタスなどの夏野菜を安定供給できなくなる事態がたびたび発生していました。そこで、広治さんと社長は、リスク分散のために、冷涼な気候に恵まれた適地を探して全国を訪ね歩きました。気象条件・輸送コストなどさまざまな条件と照らし合わせ、最も適していたのが八甲田山南山麓、標高750メートルに位置する黒石市沖揚平地区だったのです。

 沖揚平は、戦後、満州や樺太からの引き揚げ者などが入植し、開拓した土地。豪雪で話題になる酸ヶ湯温泉も近く、高原野菜の産地として知られています。昭和40年代からは、夏秋レタス、秋にんじん、夏だいこんが国の指定産地となっています。

「実は、青森県内で最初に訪ねたところは門前払いだったんです。『そんな訳のわからない人に貸せる土地はない』って(笑)。沖揚平はおそらく、最初にお会いした人がすごくオープンな人だったんでしょうね。もともと入植者たちの村なので、外部の人間を受け入れる素地もあったのかも。人との出会いにご縁があり、土地を借りてここで農業を始めることができました。」。

農業の良さは、働く姿を子どもたちに見せてあげられるところ

 2003年、広治さんは黒石市に移住し野菜作りを始めました。現在、栽培面積は17ヘクタール。通年雇用5名、季節雇用2名、計7名の仲間とともに汗を流す日々です。収穫した野菜は、すべて「野菜くらぶ」に出荷し、そこから全国の契約会社に販売されます。

 埼玉県出身の直子さんは、大学のインターシップで訪ねた農場で広治さんと出会い、2004年、23歳の時に結婚しました。 「親に、青森で農業を始めると告げた時は、反対されました(笑)。でも、一緒にやっていきたいなと思いまして...」。

 山田家の自宅は、沖揚平から車で20分ほど下った場所にある黒石市温湯地区。温湯温泉共同浴場のすぐ近くにある中古の一軒家です。 「ご近所さんは、皆さん本当に良くしてくださるんです。先日も活きのいいお魚を頂いたり。青森ならではですよね」(直子さん)。

「親だけで子育てするのではなく、地域の人みんなで子どもたちを見守って何か困った時はすぐに助けてくれる。そういった環境は都会では得られないのでありがたいですね。青森は、気軽に行ける温泉があるし、そもそも渋滞がないので外出が億劫じゃない。家族でキャンプに出かけたりアウトドアを楽しんでいます」」(広治さん)。

「農業のいいところは、働く姿を子どもたちに見せてあげられるところ。草取りなど、子どもたちと一緒にできるのが楽しい。子どもたちは3人とも『将来は農業をやりたい』って言っているんですよ」(直子さん)。

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デメリットと思われがちな雪が大きな価値に

 広治さんは、ある時、村の仲間が自家用として雪に埋めていたじゃがいもを食べさせてもらい、その甘さとおいしさに心底驚いたと言います。
「なぜ、こんなに甘いんだろう?」。不思議に思って調べたところ、氷温近くで貯蔵をすることで、じゃがいもは凍らないようにデンプンを糖に変え、通常5度前後の糖度が10度を超えるまでに高まることがわかりました。
「『これだ!』と思いました。青森ではあたりまえでも、都会の人にとってはすごく価値の高いこと。雪深い青森の冬だからこそできる野菜。雪室じゃがいもは、デメリットと考えられがちな雪を味方につけた、僕がずっと探し求めてきた野菜だったんです」。
 雪室と呼ばれる天然の冷蔵庫に貯蔵したじゃがいもは、「じゃが甘くん」というネーミングでオンライン販売を行っています。
 さらに、冬の農業として黒豆の一種「黒千石大豆」を使った「黒千石もやし」の栽培にも取り組んでいます。大豆を土に蒔き、地中から湧き出る温水を利用した栽培するのが特徴で、シャキシャキとした歯ざわりは鍋やしゃぶしゃぶにもおすすめです。

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社員も家族も地域も。みんなが幸せに暮らせる農業を目指す!

 広治さんたちは、津軽こけし館の前にある、旧・伊藤商店で行われた県のシェアリングビジネス実証事業にも参加しました。人口減少が進むなか、場所や商品を互いに提供し合い、買い物弱者を支援し地域を元気にするのが狙いです。広治さんたちは、ここで高原野菜と「黒千石もやし」の販売を行いました。
「伊藤商店は、昔から子どもたちがお世話になってきた場所。閉店してしまい残念でしたが、再び地域の人たちの笑顔があふれる場になればうれしいと思い参加させていただきました」。
 広治さんは、弘前大学が社会人講師を招いて開催している講義に招かれた際、自分のこれまでの話を聞き興味を持った学生たちが沖揚平までバイトにやってきてとてもうれしかったと語ります。また、母校の青山学院大学の学生たちも研修でやってくるなど、山田夫妻の生き方は若い世代にも影響を与えています。
「青森に移住して農業をやりたいという人は、まず自分の目指す農業のあり方を決めることが大事 。そのうえで地元の人たちの意見を聞きながらやっていく。ただし、それだけでは新しいことに踏み出せないので、最初はぶつかるかもしれませんが、新規の人だからこそできることにチャレンジしてほしいですね。僕の夢は、社員も家族も地域もみんなが幸せに暮らすこと。雪室じゃがいもや豆もやしを地域の特産品にすることでそれをつくる仲間も増やしていきたい。青森の農業は可能性だらけ。仲間と一緒に、今後もいろいろな可能性にチャレンジしていきたいと思っています」。

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「サニタスガーデン」webサイト https://www.sanitas.jp/

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