移住者メッセージ

青森の魚介類のおいしさを全国に伝えたい 東京で気づいた青森の価値をビジネスに

   

2021年4月26日:更新

移住者メッセージ

プロフィール

   
木浪佑悦(きなみゆうえつ)さん/ 1987年外ヶ浜町生まれ・在住。「株式会社日本魚類」代表。外ヶ浜町で8代続く漁師の家系に生まれる。八戸市の「青森県立海洋学院」(2007年年3月閉校)卒業後、地元で10年間漁師をするが、一念発起し上京。築地市場で市場の仲介業者として働く。東京で食べたイカがおいしくなかったことがきっかけで、首都圏の人に本当の魚のおいしさを伝えたいと、2018年12月にUターンし、水産会社「株式会社日本魚類」を起業・設立。外ヶ浜で獲れた魚を新鮮なまま首都圏に輸送したり、現代の食のニーズに合わせた六次産業化に取り組むなど、青森の魚介類の魅力をさまざまな形で全国に発信している。

下北半島と津軽半島に囲まれた陸奥湾。世界自然遺産 白神山地のブナ林や八甲田山系から清らかでミネラルたっぷりの水が注がれることから、湾内は魚介類のえさとなる植物プランクトンが豊富。そのため、陸奥湾ホタテをはじめおいしい魚介類の宝庫として知られています。
そんな陸奥湾に面した、津軽半島外ヶ浜町平舘地区の漁師の家に生まれた木浪佑悦さん。東京からUターンし、今、新たな漁業ビジネスを目指して挑戦中です。

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10年間の漁師生活を経て、築地市場で修業

 木浪さんは、八戸市の漁師の専門学校で漁業の基礎知識を身につけ、卒業後は親元で10年間漁師として働いていました。
「全国的に漁師の高齢化が進むなか、これまでと同じ形態の漁業を続けていても地域の漁業は廃れていく一方...」。そんな危機感を覚えた木浪さんは、「もっと広い視点で漁業や流通を学び、幅広い知識と経験を身につけたい!」と、一念発起。知り合いのつてを頼り、海外に日本の魚介類を輸出する東京都内の会社に就職。築地市場で市場の仲介人として働き始めました。

鮮度の落ちたイカの刺身にショックを受けて

 全国から魚の目利きたちが集まる築地市場。2018年には長い歴史に幕を下ろし、あらたに豊洲市場が開場しました。木浪さんは、歴史に残る市場移転の時期をはさみ、2年間、市場で修業しました。
「全国から毎日、さまざまな魚が集まってくるので、最初はその魚種の多さに圧倒されました。自分も漁師なので魚の良し悪しはわかるんですが、南の地方で獲れるものは初めて見るものばかり(笑)。自分は知らないことが多過ぎると実感しました。毎日、目利きの先輩たちから、魚の見極め方をとことん教わりました」。

 持ち前の笑顔と人懐っこい性格で、先輩や市場の人たちからも可愛がられ、都内の有名な飲食店とのつながりもできたと言います。そんなある日、木浪さんは飲食店で注文したイカの刺身を見て衝撃を受けます。
「え?これって刺身なの?って目を疑いました。だって、めっちゃ鮮度が落ちて身が透明ではなくて真っ白なんですよ。そんなイカを刺身で食べるなんて、青森の私たちからしたら考えられないでしょ」。

 この出来事がきっかけで、「東京の人にも青森のおいしいイカを食べてもらいたい。イカだけでなく、自分が獲った青森の新鮮な魚介類を鮮度抜群の状態で全国に流通させたい!」と考えるようになったという木浪さん。さらに、青森の魚介類の付加価値を高める6次産業化にも関心が湧いてきたと言います。そこで、2018年12月にUターンし、外ヶ浜町で株式会社日本魚類を設立しました。

陸奥湾の魚介類を、新鮮なまま食べてもらいたい。

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 取材で訪ねた1月下旬。時折、横なぐりの雪が吹きつけるなか、外ヶ浜町平舘地区にある日本魚類の作業施設では、スタッフの皆さんが鮮やかな手つきでタラをさばいていました。包丁で半身におろしたタラは、純度の高い滅菌水で処理した後、すぐに真空パック。都内で20数店舗を運営する居酒屋チェーンに直送していると言います。また、陸奥湾の冬の味覚・ヤリイカを、独自の技術で活きたまま届ける「活イカパック」も人気です。環境の変化に敏感なイカにできるだけストレスを与えないように、水と酸素の入った細長いビニール袋に一杯ずつ入れ、活きたまま東京に直送するシステムです。
「活魚水槽設備のない飲食店でも、お客様にイカの姿造りをご提供できると大変好評です。青森のヤリイカは、こりっとした歯ごたえと甘味が抜群でおいしいと喜ばれていますよ」。

 1年で最も忙しい時期はGW明け。陸奥湾ホタテが旬を迎えるため、木浪さんたちも作業に追われます。
「同じ陸奥湾沿岸でも平舘地区は地形的に潮の流れが速いため、ホタテも身が締まって格別おいしいんです」。
 2020年には、2カ月間でホタテを約3,000箱出荷し、品質にこだわる農家・漁師が提供する産直通販サイトでも売り上げ1位を獲得しました。

"世界の豊洲で"学んだノウハウを地元で生かす

 木浪さんが今、最も力を入れているのが、素材の味や食感をそのまま残す冷凍技術を用いた同社オリジナルの冷凍パック。旬の1年貝ホタテを使った「真空ホタテパック」は、凍ったままグリルで焼くと旨味抜群でジューシーな味わいです。

 「刺し身冷凍パック」は、寒い時期に旬を迎える青森の極上寒ビラメや大間のマグロの切り身などを1人前の量ずつ包装し冷凍したものです。
「少人数家族や一人暮らし世帯が増えるなか、従来の柵のサイズ感では持て余してしまう。『おいしいものを、食べきりサイズで手軽に味わいたい』というニーズが高まっているなかちょうど良いサイズだし、なおかつパックのまま15分間水につけるだけで、素材本来の味が楽しめる手軽さが人気です。これからの漁業ビジネスは、市場のニーズを見極めてそれに合ったものを提供していく必要があると思っています」。

 首都圏で見聞を広め、時代のトレンドを読み解く力を身につけたからこそ生まれてくる発想。いずれも、ネット通販で大変好評でリピーターも増えているといいます。


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豊洲市場内にオープンした店を拠点に、青森と全国をつなぐ

 東京時代に人脈を築いた木浪さんは、2020年12月に豊洲市場内に「日本魚類」の店舗をオープンしました。現地社員を3人雇用し、注文をいただいたお客様に対して青森で獲れた旬の魚介類を直送したり、市場で競り落とした魚介類を取引先に納入しています。

「地元に戻って、あらためていいなと感じるのは人の温かさですね。都会は他人に無関心で、何においてもドライな印象。それに、ビジネスに対してもとてもシビアです。その点、地元だと忙しい時は何も言わずにみんな手伝いに来てくれたり、人と人がつながりながら生きているという実感があります」。
 東京行きに反対だったという木浪さんのお父さんも、ひとまわり成長して戻り、新たな可能性に向ってチャレンジしている息子を見てうれしそうに目を細めます。

「東京で働いて感じたのは、青森では有名でも東京では意外に知られていないものが多いこと。青森にはせっかくおいしいものがたくさんあるのに、青森県民は控えめで魅力をPRするのが下手なので、私が少しでもその橋渡し役になれたらいいですね」。


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 一方、Uターン後、課題を感じたのは"世代間のギャップ"だと苦笑いする木浪さん。
「たとえば、若い漁師は、魚の鮮度を保つための"神経締め"など特殊な技術も積極的に学んで取り入れようと前向きですが、年配の漁師の方のなかには、『なんだ、そんなもの。必要ない』という方もいたり...」。
 その溝をなんとか埋めながら、地域全体として漁業を盛り上げたいと奮闘している木浪さん。
「これまでの漁業は生産者側の都合で、獲れたものを獲れただけ出荷するだけでしたが、今は消費者のニーズに合わせていかないと生き残れない時代。青森の良いもの、優れたもの。その価値をさらに高めてアピールしていきたいと思っています」。

 木浪さんは、現在、外ヶ浜町に点在している自社の作業場を集約し、新たな作業施設を建設したいとさまざまなプランを構想中です。
「青森の漁業にはまだまだ可能性がたくさんあるので、いろいろなことに挑戦してみたい!」と意欲を見せる木浪さん。一度、県外に出たからこそあらためて気づいた"青森の価値"を積極的に発信しています。


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株式会社日本魚類 食べチョクサイト
https://www.tabechoku.com/producers/20729

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