移住者メッセージ

"里帰り子育て"で仕事も育児も充実 新たなライフスタイルを夫婦で実現

   

2021年4月28日:更新

移住者メッセージ

プロフィール

   
小笠原咲絵(おがさわらさきえ)さん/ 1986年、東北町生まれ。中央大学卒業後、株式会社リクルートHRマーケティング(現 株式会社リクルートジョブズ)入社。以来、東京・仙台・富山・新潟・宇都宮と異動し、求人広告の企画営業・マネジメントに携わる。 2016年4月 株式会社リクルートキャリアへ転籍し、宮城県気仙沼市における企業採用支援プロジェクトや、NPO・NGOの採用支援プロジェクトの運営・企画を経験。育児休業中に母の病気が判明し、息子とともにUターン。現在、東京-青森での二拠点生活を送りながら、フリーランスで県内企業の社外人事コンサルタントとして活動中。

かつては首都圏を中心に企業採用支援プロジェクトの運営・企画に携わっていた小笠原咲絵さん。お母さんの病気を機に息子とともにUターンし、"里帰り子育て"という新たなライフスタイルを実現。前職で培ったスキルを生かし、フリーランスの人事コンサルタントとして県内を駆け回っています。

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狭い世界から抜け出したくて、東京の大学に進学

「中学生の頃から、青森を出たくてしょうがなくて...。こんな狭い世界から早く抜け出したい!と思っていました」と、語る小笠原咲絵さん。
 海外にも興味があり、中学生の時には町の派遣事業でカナダに、高校時代には民間会社の海外派遣事業でフランスとスウェーデンを訪問。
「そうした経験もあって、大学では外国とつながるような勉強がしたいと思い、国際開発について学べる学部をピンポイントで選びました」。
 大学では、全国から集まった学生や帰国子女など、さまざまなバックグラウンドをもった人たちと出会いました。また、地方創生やまちづくり、社会起業家などの分野に興味があり、就職活動を前にロンドンで1ヶ月半ほどインターンシップを体験したといいます。

ふるさとが育んでくれた青森人アイデンティティ

 地元を離れ、国内外の人々と交流を重ねるなか、小笠原さんの青森に対する思いは徐々に変化していきました。
「大学の仲間との会話のなかで、『私、青森出身なんです!』と、青森についていつもアツく語る自分がいて。地元の祭りのお囃子や流し踊りの旋律が懐かしくて、酔っ払うと『上北町音頭』を踊っていました(笑)。まわりも巻き込んで一緒に踊っていたので、私の友人は結構みんな踊れます」。
 近所付き合いや、地元の慣習。地域行事への参加。わずらわしいと感じることもあった地方暮らしのあれこれは、それらが一切なくなった東京で暮らして初めて、「実は、ものすごく有難いことだったんだ」と、感じるようになったといいます。
「人と人とが関わり合い、支え合いながら生きている青森の暮らしのなかで、自分は周囲の人から見守られながら生きてきたんだ...。青森で生まれ育ったからこそ、今の私があるんだ...と、思うようになったんです」。

スキルを磨き、青森に貢献できる人に!

「いつか、青森に貢献できる人になりたい」。
 そう思うようになった小笠原さんは、大学卒業後、東京の会社に就職し、求人広告の企画営業とチームマネジメントの仕事に携わります。
「自分が頑張ることによって、地域の雇用につながる。それがとても魅力的でした。それに、採用の仕事は多種多様な会社を知ることができるので、いつか青森に貢献するための何かにつながるんじゃないかなって思いました」。

 小笠原さんは、東京本社から仙台に異動し、2012年、同期入社の社員と結婚しました。その後、ご主人は退職し、東京で経営コンサルティングの会社を立ち上げました。
「夫は東京暮らし、私はその後、富山、新潟、宇都宮へと異動したので週末婚です。でも、30歳になってさすがに地方を転々と異動する生活がしんどくなって。そろそろ子どもが欲しいと思っていたこともあり、東京の本社に転籍しました」。

母の闘病を支えるために"里帰り子育て"

 2017年、長男を出産後、育休中だった小笠原さんのもとに、実家のお母さんが病気を患っているという知らせが届きました。
「私も一緒に闘病を支えたいと思いました。幸い夫も理解してくれたので息子と2人で青森に戻ったんです。手術は無事に終わりましたが、治療のなかばで母を置いて戻るのが心苦しくて...。そこで夫婦で話し合い、私と息子は実家へ、夫は東京で暮らす二拠点生活を開始し、東京と青森を行き来することになりました」。

 小笠原さんは、現在のライフスタイルを"里帰り子育て"というキーワードで語ります。
「きっかけは母の病気ではありましたが、私たち夫婦は子どもにとって一番いい環境で子育てをしたいと思ったんです。子どもが小さいうちは関わる大人の手が多い方がいいし、仕事と子育てを両立するには青森はすごく恵まれた環境だなって思っています。東京-青森は新幹線でも3時間ちょっとだし、我が家からは三沢空港が近いので、飛行機だと羽田空港まで1時間くらい。移動もあっという間です」。

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周囲に見守られ、子育てにも心の余裕

 小笠原さんは、お母さんの病状が落ち着いたタイミングで、青森で本格的にフリーの人事コンサルタントとして働き始めました。
「青森では保育園も入りやすいですが、東京はものすごく競争率が高くて。当時住んでいた区では保育園に空きがなかったので、別な区に引っ越したんですが、第13希望まで提出して結局決まったのが9番目の保育園。用事があって一時預かりを利用したくても、月初めに並んで予約した人が優先なので急な予約は取れないんです。近所の公園もいつも混雑していて、子どもを遊ばせる場所にも困っていました」。

 それに比べて、今は同居するご両親と近所に住む祖父や叔母さんに見守られ、「心の余裕が全然違う」と、小笠原さんは語ります。この日は、保育園のお迎えの帰りに、駅前の商店街で養魚場を営む叔母さんのところに立ち寄りました。小笠原さんの成長を子ども時代から見守ってきた叔母さんとの会話もはずみ、ほのぼのと温かい雰囲気のなかで、息子さんもおやつを食べながらくつろいでいます。

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「保育園の帰りに小川原湖で砂遊びをしたり、叔父がやっているしじみ漁を見学させてもらったり。夏には父と一緒に家庭菜園でトマトの収穫をしたり、保育園からもらってきたカブトムシの幼虫を育ててうれしそうでした。東北町は、黒い色をしたモール温泉が有名ですが、家族で近所の温泉にもよく出かけますね。息子は、東京ではあまり食べなかったりんごや南部せんべい、ワカサギの佃煮も好きでおやつ代わりに食べています」。

 ご主人とは、寝る前に LINEで会話したり、Zoom飲みを楽しんでいるといいます。
「夫は、私が余裕を持って子育てしている様子を知り、安心しているようです。夫の理解がないと母の元に残りたくても言い出せなかったと思うので、夫には感謝しています」。

フリーの人事コンサルタントとして活動

 小笠原さんが現在手がけている仕事は、県内企業の採用業務や社員の定着に向けた制度づくり、面談などです。
「私が青森でこの仕事を始めようと思った時、現状に危機感を持ち未来に向けて新しいことを始めようという志のある経営者の方と知り合いたいと思ったんですね。いろいろ情報検索をするなか『ふるさと兼業』のサイトを見て、そこに載っている案件にエントリーしたんです。その時に、青森側でふるさと兼業を運営している『NPO法人プラットフォームあおもり』と出会い、私の経歴と照らし合わせて会社と結びつけてくださったんです」。

 青森の現状では、人事担当者はあくまでも自社に所属していて、採用業務をアウトソースするケースはほとんどありません。
「首都圏にはたくさんあっても、青森にはない。そこにこそニーズがあると思うんです。地方のいいところは、競争相手が少ないので自分がその分野のトップリーダーになれること。自分で仕事を創っていくというフィールドとして考えると、青森はまさに宝の山! たくさんの可能性を秘めている場所です。青森は、その人が培ってきたスキルやノウハウを生かし、どんどんチャレンジできる場所だと思います」。

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人と人との関わりに支えられながら

 小笠原さんは今後、青森県内で特に同じ女性やママさん達が、肩の力を抜きつつもスキルを磨きながら働ける環境づくりにトライしていきたいとのこと。さらには、「首都圏にいる本県出身者の中には、自分のスキルを活かして青森に貢献したいと考えている人がたくさんいるんです。そういった人達を県内企業にどんどん繋げることで企業が動く活力にしていきたくて...。」と、自分のような兼業者が地元企業と接点を作り、地元企業にも、兼業者にも、そして地域にもwin-win-winになるような座組を作りたいともいう思いも抱いています。
 新しい時代の、新しい子育てや新しい働き方、新しい地元貢献のカタチ...。仕事に育児に全力投球しながら、青森に貢献できる人になりたいという小笠原さんの想いは、ぶれることなく続いていきます。


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