移住者メッセージ

暮らしたい場所で、やりがいのある仕事を-リモートワークで七戸暮らしを実現!

   

2021年4月30日:更新

移住者メッセージ

プロフィール

   
原子一樹(はらこかずき)さん/ 1990年七戸町生まれ。ウェブシステム・スマホアプリの受託開発等を手掛ける「Zooops Japan」(東京)に在籍。2019年9月、青森県主催のモニターツアーに参加し、帰郷への思いを強め、地元で働きたいと会社に申し入れ、2020年4月から七戸町の実家でリモートワークを実施中。

2020年、世界を震撼させた新型コロナウイルス感染症の拡大により、人と人との接触を避けた社会間の交流ツールが大きな転換期を迎えました。その手段のひとつとして、急速に加速したリモートワーク。七戸町出身の原子一樹さんは、東京・秋葉原にあるウェブシステム・スマホアプリの開発会社「Zooops Japan」のシステムエンジニア。東京生活中、地元の同級生との再会がきっかけで自身の将来設計を考えるようになり、Uターンを決意。現在、同社の「社内リモートワーカー第1号」として、2020年4月から七戸町の実家で暮らしています。

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より高いレベルを求めて、東京のIT企業へ

 原子さんが暮らす七戸町は、青森・八戸・十和田、三市の中間に位置する城下町。東北新幹線「七戸十和田駅」があることから、青森観光のプラットホームになっています。東に八甲田連峰を臨む豊かな自然にも恵まれ、日本有数のサラブレットの産地としても有名な地域です。
 もともとこの町で生まれ育った原子さんは、弘前大学の理工学部で物理学を専攻したのち、「地域のために働きたい」という思いから、八戸市の老人保健施設とデイサービス業の会社で、事務方として働いていました。仕事にも慣れ2年半が過ぎた頃、職場のシステムを効率化する仕事をしたいと考えるようになりました。しかし、当時の職場ではノウハウや技術を勉強する手立てがなく、その思いは日に日に強くなったといいます。
 ハローワークやインターネットを駆使して求人を検索、よりレベルの高いスキルを求めて、東京・秋葉原に本社を構えるIT企業「Zooops Japan」に再就職を決意しました。ご両親に伝えると、「せっかく就職した八戸の会社を辞めることはないじゃない」と反対されたといいます。
「長男だし、地元にいてほしかったのでしょうね」。
 それでも自分の思う道に進みたいと、2014年10月に上京しました。


「大学の理工学部では物理学を専攻し、それまでパソコンにそれほど触れてこなかったこともあって、最初の1、2年はしんどかったですね。エンジニアは資格がなくてもできるので、時に上司のアドバイスを受けながら、基本は実践で覚えるという感じでした」。
  いわゆる「新人」という域を超えて、人並みになるまでに4年程度かかったと話す原子さん。
「お客様から自分を指名していただいたことで、ようやく自分の仕事が認めてもらえたのだなと感じました。入社当初はお客様とメールでやり取りしたり、チーム内の意見を擦り合わせる業務が多かったのですが、今はシステムを開発したり、お客様が使いやすいように要望に応えたりする運用保守というところまでやらせていただいています」。

自分の思いと会社の仕組みで実現した、社内リモートワーカー第1号

 上京して4年目の2017年末。仕事にも慣れ余裕を持てるようになった頃、原子さんは地元の同級生の結婚式に出席しました。
「僕は当時27歳だったのですが、同級生たちの顔がすっかり父親の顔に変わっていたことに驚きました。そのことがきっかけで、このまま東京にずっといるのか青森に帰るのか、漫然と自分の将来を考え始めました。」
 埼玉県川口市から秋葉原までの満員電車の通勤にも疲れていた頃。自然が多い環境や地元の友達の顔ぶれや老いていく両親のことを考えると、将来は青森に帰りたいという思いが強くなったといいます。そのことを上司に伝えたところ、退職という方法ではなく、在籍しながらテレワークで働くことを提案されました。「青森に帰る前に身に付けられる技術は、すべて身に付けていきなさい」との配慮にも感激を受けたといいます。
 原子さんの勤める「Zooops Japan」は、総務省事業「テレワーク先駆者百選」として認可を受けているほか、「TOKYO テレワークアワード」の推進賞を受賞するなど実績高い企業。当時、41歳の若さで会社を牽引してきた渡部佳朗社長は、柔軟な発想と手腕から高い評価を得ているリーダーでした。そんな渡部社長の配慮を受けて原子さんは現場から本社勤務となり、開発業務に携わるようになりました。並行して、青森県主催の同業界の交流会にも積極的に参加して人脈を広め、2020年4月、社内のリモートワーカー第1号として青森に帰郷することになりました。

リモートワークはセルフマネジメントが重要

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 原子さんは現在、社員50名程の中のチームのサブリーダーとして、システム開発とお客様の窓口業務を兼務しながら、メンバーにタスクを振り分ける役割を担っています。お昼休み、就業時間は午後6時までときっちり時間を決めて、公私のメリハリをつけているといいます。
「怠けようと思えばいくらでもできる環境なので、セルフマネジメントはとても重要なんです。オフィスワークの時よりもしっかりと心がけています」。
 毎朝7時半頃に起床する原子さん。同居しているご両親が出勤したあと朝食を済ませ、大好きなコーヒーをゆったりと楽しんで、家の掃除、身支度...そんな2時間程度のルーティーンをこなし、自宅に造った仕事部屋で業務をスタートさせます。10時にはパソコン画面を通して、チームメンバーによるリモート朝会が恒例。原子さんをはじめ、自宅で作業するテレワーカーたちと東京の本社事務所とをつないで、今日一日の仕事の流れや連絡事項を確認します。15分程度の朝会を切り上げた後も、終業までチャットはつなげたまま。通常のオフィスワークと変わらない働き方で、コミュニケーション・ロスを最小限にと努めているそうです。

ゆとりある生活環境から生まれる、充足感を実感

「給料は東京時代とそれほど変わりませんが、青森は東京に比べて物価が安いうえに、実家暮らしのおかげで支出が減ったので、生活はだいぶ楽になりましたね。家には月々お金を入れていますが、貯金もできています。普通にご飯が用意されているし、お風呂が沸いていたりするありがたさを身に染みて感じています」。
 通勤の移動ストレスがなくなったことも大きな変化のひとつ。休日にはドライブをしたり、好きなアニメ動画を見たり。大学時代の親友と気軽にキャンプやお酒を楽しむこと、十和田市で農業を営む祖父母の手伝いも、心身のリフレッシュになっているといいます。


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移住のメリット・デメリットをトータルでイメージしてみる

「ずっと青森にいたら、今のような考え方にはならなかったと思います。一度離れたことで青森の良さを再確認できたし、僕にとってはメリットのほうが多いと思ったので戻ってきました」と原子さん。
 移住についてのアドバイスを伺うと、「例えば一年程度でも、じっくりと時間をかけてしっかり準備することをお勧めします。移住後の生活は美化されやすいけれど、決してそんなことはなくて、良い面ばかりではなく悪い面にも目を向けてトータルで選択したほうがいいですね。田舎でどんな仕事をするのか、生活ができる収入減を確保できるかどうか...考えすぎるくらいのほうが不安解消につなげやすいと思います。十分に準備したらあとは思い切って行動するしかない。僕の場合は引っ越しのほか、自宅にテレワークできる環境を整えるための費用がかかったので、資金の準備も必要でした。あと田舎では人との繋がりが大切。どこで生活しても、そういう繋がりは作っておいたほうがいいと思います」。


自身のスキルを磨き、地域のために働きたい

「これから青森でやりたいことがたくさんある」と意欲に満ちている原子さん。
「自宅で仕事をしていると、家からほとんど外出しないので、両親をはじめご近所さんからは働いていないと思われていたようですが、コロナ禍でリモートワークが認知されてきたので、ようやく理解してもらえるようになりました。一方で、これからはこういう働き方がどんどん広がると思うので、ライバルが多くなり危機感もあります。もっと勉強して自分の地力を上げていかなければ」。
 在籍する職場では、将来的に青森営業所創設の計画もあるといいます。
「ゆくゆくは青森の仕事を手掛けながら、人材採用にも貢献したいですね。あとは、僕自身の結婚ですね(笑)」と、笑顔で話してくれました。

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