小林和樹(こばやし かずき)さん/1994年北海道生まれ。幼少期に神奈川県に引っ越し、20年間を相模原市で過ごす。高校卒業後は早稲田大学文学部考古学コースに進学。大学院を修了後、2018年4月につがる市へ移住。つがる市教育委員会にて、学芸員としてつがる市の歴史や文化を伝える活動に携わっている。
移住のきっかけは「歴史」
小林さんが20年間住んでいたのは神奈川県相模原市。首都圏まで電車で1時間ほどのところにあるベッドタウンで幼少期を過ごしました。幼い頃から歴史が好きだった小林さんは高校を卒業後、都内の大学で考古学を学びます。カリキュラムの中には、遺跡の発掘作業に携わる授業もあったのだそう。
「都内近郊は開発工事が盛んなので、発掘調査のアルバイトにも頻繁に参加していました。教科書や博物館の中でしか見ることができなかった土器や人骨が、実際に土から出てくる瞬間に立ち会うことができるのは、本当に貴重な経験でしたね。当時の経験こそが、僕の歴史好きに拍車をかけてくれたのかもしれません。」と小林さんは話します。
つがる市を第一志望に選んだ理由
つがる市に移住したのは、2018年4月のこと。歴史に関わる仕事がしたいと思っていたタイミングで、ちょうどつがる市で学芸員の募集があったのだそう。第一志望ですぐに応募したところ、見事採用が決まったのでした。つがる市は、全国的にもよく知られている遮光器土偶が出土した地でもあります。
「約3,000年前に作られた土偶が、あんなに綺麗な状態で発掘されるのは本当にすごいこと。亀ヶ岡遺跡周辺は低湿地であるため、何千年も前の遺物が質の良い状態で発掘される可能性が高いんです。そういった側面が、もっと地元の人に知られてほしいと思いましたし、この土地ならではの歴史を守り継ぐ活動も同時にしていきたいと考え、つがる市で働こうと思いました。」
寒くて厳しい気候だから「いい湯」に浸かれる
【小林さんがマイカーで初めてドライブをした時の写真(弘前市・岩木山神社)】
つがる市に移住して今年で7年目を迎える小林さんですが、1年目の冬は地吹雪の威力に驚いたそうで...。
「移住してすぐに、知人から"つがる市の雪は上から降るんじゃなくて横から降る"ときいていました。どういうことだろう?と思っていましたが、実際に冬を迎えてみてびっくり。地吹雪は想像以上に激しく、"雪は横からも下からも降る"と実感しましたよ」と当時を振り返り笑います。
【小林さん行きつけのつがる市にある「しゃこちゃん温泉」】
冬場は特に悪天候に見舞われやすいつがる市ですが、雪かきに勤しんだあとにあたたかい温泉に浸かることが、冬の楽しみになっているんだそう。たしかに人口10万人あたりの公衆浴場数が全国1位と非常に多く(2021年度)、そのほとんどが銭湯ではなく「温泉」であることは、青森の大きな特徴といえるかもしれません。
自動車整備工場の中にある温泉や、44度のあつ湯のある温泉など、個性的な温泉が多い点も津軽エリアならでは。小林さんはそういった文化も楽しみながら、毎週のように温泉に足を運んでいるそうです。
休日の楽しみは「建物巡り」
歴史好きの小林さんですが、建物巡りも趣味なんだそう。
例えば青森市には、三内丸山遺跡にある六本柱の大型掘立柱建物がありますし、弘前市にはモダニズム建築の巨匠・前川國男が手掛けた名建築がいくつもあります。大昔から現代までの貴重な建物が全て車で行ける距離にあるのは、小林さんにとって大きな魅力のようです。
また、雪国ならではの知恵が光る建築物が多い点も、建物好きの小林さんが唸る大きなポイントでした。
「例えば黒石のこみせ通りは、雪や雨を凌ぐために作られた通路です。実際に大雪が降った時に、こみせ通りだけ雪かきなしでも歩きやすい状態が保てていたことには感動しました。昔の人の知恵が、現代もなお機能しているなんてすごいことですよ。」と嬉しそうに話す小林さん。建物に興味がある人にとっても、青森は住みよいまちといえそうです。
「遺跡が眠るまち」として
【小学校で出前授業をする小林さん】
小林さんは現在、生涯学習交流センター「松の館」内のつがる市教育委員会に常駐しながら、学芸員としてつがる市の歴史や文化を伝える活動に携わっています。仕事の内容は幅広く、歴史講座や出張授業の講師を担当したり、資料館の展示物の入れ替え作業を行ったり、発掘調査の報告書を作成したりするなど、本当にさまざまです。
小林さんは、市内の小学校での出張授業を通して、「地元の子どもたちに魅力を伝えていきたい」という想いが強くなったといいます。
地元の生徒にとって、小林さんは"歴史博士"。小林さんが学校へ行くと、生徒が家の畑で見つけた土器のようなかけらを持ってきて、「鑑定してほしい」と頼まれるのだそうです。
「自宅の敷地で土器のかけらを発見できる可能性があるくらい、この地域の子どもたちにとって遺跡は身近な存在。それが彼らにとって当たり前だから、住んでいるときは町の魅力に気づきにくいかもしれません。それでも、例えば県外に出た時に"あれはすごいことだったんだ"と時間差で感動できるときがいずれ来るかもしれません。子どもたちが地元に誇りを持てるように、僕が知っている魅力を伝えていけたらいいなと思っています」と小林さんは話します。
さらに小林さんは、青森県全体にも魅力を感じているといいます。
「青森県は縄文の頃から自然豊かな地ですが、その自然が時を経て今もこんなに残っているのは本当に素晴らしいことだと思います。自然のみならず、遺跡、建物、温泉など、全てはこの地にしかない文化的価値のある遺産。住むたびに新たな魅力に気づくことができるので今がとても楽しいです。」
小林さんは遺跡や建物のみならず、厳しい自然などもこの土地ならではの魅力と捉え、つがる市での暮らしを楽しんでいるようでした。暮らしてみて新たに発見できる価値が、この地にはまだまだ眠っているのかもしれません。