・プロフィール
清水覚(しみず さとる)さん/デザイナー
1987年東京都生まれ、大田区在住。上智大学物理学科を卒業後、多摩美術大学に再入学し、情報デザインを学ぶ。電通ヤング・アンド・ルビカム、ヤフーを経て、コンサルティングファームに在籍。企業のコミュニケーションプランニングやブランディング業務に携わる。2019年から、複業活動として、企画とデザインを提供する個人活動「オクノテ」(https://www.okunote.tokyo/)を開始。2021年、五戸町の民間事業者、町と関わる。
実際に旅行や移住をしなくても本業の業務スキルを活かして地方と関わり、地方の人もまた必要とする専門の知識や技術、人材と繋がることができればー。その双方のニーズを叶える方法のひとつとして近年、複業やプロボノ支援に注目が集まっています。東京で企業に勤めるデザイナーの清水覚さんは、2019年に複業として個人活動「オクノテ」を立ち上げ、地方の企業をサポートする活動を行ってきました。2022年、五戸町が町内事業者と外部人材の交流等を企画する「五戸みらいラボ」を通して出会った、町で長年続く畳店を支援した体験などをお話しくださいました。
全国を旅するように働きたい
ーー五戸町と関わりを持ったきっかけは、どういったことでしたか?
清水覚さん(以下、清水さん):本業の傍らコンペティションや公募案件を見つけてはデザインアイデアを出し、実際に中小企業の方とものづくりをしてみると、自分のスキルを活かして一緒に新しいものを作ることにやりがいを感じました。そんな頃、コロナ禍でリモートワークになったことで時間に余裕ができ、オンライン会議ツールが普及し始めたことで、いろいろな地域と繋がることも可能となり、地域の企業と繋がる機会をつぶさに見ていたところ、五戸町の中村畳工店さんがディスカッションパートナーを募集している案件を見つけたのです。
なぜ地域との繋がりを求めていたかというと、自分は東京に生まれ育ち、家族も近居のため、「帰省する」という概念がありません。なので、故郷のような場所が欲しかったからです。いろいろな地域と関わる中で、いつか全国47都道府県の皆さんと関わりを持ち、「全国を旅するように働けたらいいな」と思うようになりました。青森はこれまでご縁がなく、ぜひ繋がってみたいと思い、すかさず手を挙げ、2022年4月から半年ほどサポートしました。
ーープロボノとして、どのようにサポートされたのですか。
清水さん:依頼主の中村渉さんは元・日ハムの選手でしたが、ご実家の事情などで江戸時代から続く中村畳工店の8代目を承継して間もない頃でした。畳職人としての経験を積みながら、畳やいぐさ(畳面)を新たに活用しようと、いぐさを部分的に使った野球グローブという斬新な商品を試作するなど計画が進んでいたので、その販売サイトの制作をお手伝いしました。一緒に関わったプロボノの方と、中村さんが野球選手だったことを強みとしてしっかり見せた方がいいと提案し、Webサイトに使う写真は、そのグローブを持つ中村さんがカッコよく見えるカットを地元カメラマンに撮影していただき、掲載しています。
https://waltztatami.base.shop/
https://www.okunote.tokyo/archives/1886
ーー多くのプロダクトデザインを手掛ける清水さんですから、商品開発に関するポイントなどもご指摘されたでしょうか。
清水さん:コロナ禍でもあったので、いぐさの抗菌性や消臭性などに関する論文をご紹介したり、いぐさの機能性に注目した商品開発などについても提案しました。サポート期間の終盤から中村さんが独自に地元のキャンプ用品メーカーなどと連携して、「アウトドアでも使えて車に敷ける畳」なども試作を始められるなど、商品開発の意欲が高まったようだったので、とても嬉しかったです。中村さんは、家業を承継して新しい商品を考えたものの、デザインや販売方法はこれでいいのか迷う部分があったと、当初おっしゃっていました。お父様と二人で仕事をしながら、お一人で新しいことを始める上で悩まれることも多かったようです。そんな時、私たちプロボノが意見を交わし、"壁打ち"相手になれたのなら良かったと思っています。
地方の企業、自治体の悩みや課題をサポートし、「進化」を体感
ーー地方の方と関わってみて、感じていることはありますか。
清水さん:中村さんに関わるまでに全国各地で30くらいの案件を経験し、実際に地域に足を運んで現状を体感したり、地域が抱える課題を間近に感じる中で、複業というかたちでも自分がやってきたことを活かせる場があることが分かりました。地方の企業の方は「やるべきこと」は分かっていても、「形」にするまでのハードルが高いようです。その部分を自分が複業でスポット的にご支援させていただき、「0(ゼロ)」の状態が「1」に上がるだけでものすごく進化することを体感していたので、地域の会社さんと組むことにのめり込んでいきました。
ーー他に、五戸との繋がりはありましたか。
清水さん:この件に続き、嬉しいことに五戸町から依頼があり、町をPRするポスターを制作させていただきました。情報を集める段階で、「へー!」と思えるトリビア的なことをいろいろ知ることができました。例えば、プロアスリート選手が意外と多いとか、運動好きな人が多いとか、宮崎駿監督のアニメ「風立ちぬ」に登場する飛行機YS11の設計で中心的な役割を果たした木村秀政博士が五戸の名誉町民だとか。ヒアリングする中で、すごく面白く奥が深い町だということを知り、理解も深まりました。
清水さん:最終的に採用になったデザインは、一面にゴゴゴ...とデザインされているものです。五戸町は「ごとちょう」と読み違いされることもあると伺ったので、読み仮名も覚えてもらえるよう「ごのへ」を強調した案です。各地で開かれる移住イベントなどでとにかく目立たせたいというご要望だったので、パッと見で印象に残るよう、インパクト勝負の案を出しました。最終的に決まったデザインは2023年3月から既に使っていただいているようで、嬉しいです。
ーーこ、これは確かにインパクトがありますね!実際にポスターを目撃するのが楽しみです!そういった関わりの中で、五戸の町や人について、どのような印象を持たれましたか。
清水さん:この事業の時期はコロナ禍と重なったこともあり、残念ながら現地に伺えていません。サポート期間は週に数回、リモート会議でやり取りしたのですが、五戸の方は明るく、オープンな方が多いと感じました。町には坂や階段が多いと聞いたので、まち歩きが楽しそうだなと思っています。焼いたお餅が好きなので、串もちを食べてみたい。そして、やっぱり馬肉ですね!父の故郷である山梨で小さい頃に馬肉を食べた思い出があり、五戸の馬肉もぜひ食べたいです。
"新しい故郷"ができた気持ち
ーーこれからの関わり方を、どうお考えですか。
清水さん:今回の件を含めて、私自身にとって複業での経験が本業に大きく影響しました。会社勤めではどこかから仕事が降りてきて、それをこなす側面があったのですが、複業の時は企業の経営者と1対1で向き合い、自分で考えて解決していかなければなりません。本業では培えなかった主体性や提案力などの経験値が高まりました。その結果、複業で取り組んでいることと本業をうまくクロスさせたくなり、お客様と直接対峙できるコンサルティングの会社に転職しました。仕事は受けるものではなく作るものという意識も持つようになり、将来的に独立しようという気持ちを持つことができました。これから、もっといろいろな企業様と一緒にものづくりをしていきたいです。
中村さんからはサポート終了後も時々電話が掛かってきて雑談したり、いつか一緒に商品開発もしたいですね、といったことも話しています。頼りにしてくださる部分もあるようで、こうした繋がりは続けていきたいと思っています。五戸町と町の人とつながりができ、"新しい故郷"ができた気持ちです。五戸町と町の人とは、これからも繋がり続け、そして、遠からず家族で町を訪れたいと思います。
ーーこれからも、五戸、青森とのご縁が続きますように!